第4章 第I期・第II期アースデイの特徴とその比較

4.1 分析の視点

本章では、第I期・第II期のイベントをそれぞれ取り上げ、各期のイベントに関して分析を行う。また、最後に筆者による図5の分析軸に照らし合わせることで、それぞれのイベントにおける傾向を分類し、各期の運動の性格を明らかにしたい。

図5の分類軸としては、縦軸では、イベント開催における関係団体との関係性について、各セクターと協調的な関係を築いているのか、当局に対する対決的な姿勢を示しているのかを表している。また横軸では、実際にイベント内で環境問題に対してどのようなアプローチが行われていたのかについて、問題解決に直接取り組んでいるのか、もしくは人の感情に訴えかけるなどの、間接的な方法を採っているのかを示している。

この2つの軸によって、環境問題に対して働きかけを行うイベントについて、①環境-音楽フェス型、②ライフスタイル提案型、③公開討論型、④政策直訴型の4つに分類した。ただし実際には、大型音楽フェス内において、フェアトレード商品や環境に配慮した生活用品の展示・販売などが行われている場合や、政策提言の際に事前に一般向けの勉強会や討論の場が設けられる場合もあり、本図はあくまで、イベント開催の主旨に関する傾向についての分類を行ったものであることを了承されたい。

取り上げる事例としては、第I期については「アースデイ1996 市民国会」(以下「1996 市民国会」)を用いる。第I期には、「市民国会」と呼ばれる討論会形式のイベントが、94年・96年・98年の計3回に渡って、アースデイのメインイベントとして開催されている。それぞれの「市民国会」については、テーマや参加団体は異なるが、全体の目的は概ね一貫している。具体的には、①それぞれの環境問題に関して専門的に活動している人々を発言者として招き、それらの問題に対して各省庁からの代表者との質疑応答の時間を設けること、②発言者を含めて参加者全員が、全ての問題に関する知識を共有すること、③参加者全員により、市民による法案を採択すること、などである。

このような討論会形式のイベントがアースデイのメインイベントとして開催されるケースは、第II期以降では見られず、第I期における運動の特徴を表したイベントであると言える。また、第II期については、「アースデイ東京 2009」(以下、「EDT2009」)を用い、両者の比較分析を行う。

4.2 第I期・第II期におけるイベントの比較

まず、「1996 市民国会」の概要を説明したい。1994に開催された1度目の市民国会は、多様な立場のゲストや発言者が集い、比較的和やかな雰囲気の中で執り行われた。この流れを受け、2年後の「1996 市民国会」は、2000年までの活動における折り返しの年として、今後の活動方針を見定めるべく、国内で現在起こっている環境問題について、より厳しい視点で把握することを目的として開催された。「地球に優しく、政治に厳しく」というテーマの下、ダム問題や廃棄処分場問題など、目下論争が進行中である課題が集められ、実際にそれらの問題に対して運動を行っている人々約30名を発言者として招待し、参加者全員が各問題に対する理解を深めた。また、環境庁長官ら、公の立場でそれらの問題を担当している人々を招き、発言者との質疑応答の場も設けられた。本会においては、これらの問題について20以上の市民案を提案し、国会への提出を目指した。

以下、「1996 市民国会」についての考察を試みる。表8より、「1996 市民国会」の運営体制に関しては、運営スタッフが約10名と最小限であることが特徴的であり、これは恐らく、普段から日本連絡所に関わっていたボランティアスタッフらによってイベントが運営されていたことを表していると思われる。また、イベント開催に関する宣伝を、EDNと協賛団体によるビラの配布のみに依っていたことから、本イベントに集まった人々は、普段から日本連絡所と何らかの関わりがあったか、もしくは日本連絡所の活動について自力で知ることができる手段を持っていたことが伺える。また関係団体(表9,表10)に関しては、本イベントは第I期内においても比較的小規模なイベントであった(表4)にも関わらず、以前から関係の深かった生協関係や労組関係の団体が多く関わっていることが分かる。

これらのことから、「1996 市民国会」においては、特定の範囲内の人々による、知識の共有・理解の深化が行われていたと言える。特に自治労については、90年代前半に、自治労主催によるアースデイが全国各地で積極的に開催されていたことなどを見ても(表2)、やはり日本連絡所と深い関係があったと言えよう。しかし前述の通り、日本連絡所と自治労との関わりはあくまで「環境自治体」作りの窓口という所から始まったという点や、須田氏本人が、労働組合型の運動とアースデイ以降の市民運動のあり方の違いに対して言及している*1ことなどから、労働組合における運動の性格と日本連絡所が開催していたアースデイの活動が、完全に同化していた訳ではないということは事実である。

「1996 市民国会」では、本会の開催目的の1つとして、市民による法案を採択し国会へ提出することが掲げられており、これは非常に特徴的な点であると言える。加えて、本会において、発言者らと環境庁職員らによる質疑応答の場を設けている*2ことや、市民国会の会場として、敢えて参議院議員会館を選択している(根岸・菊地編 1994)ことなどを合わせて考えると、イベント全体から、「市民」対「国」という当局に対する対決的な姿勢が伺える*3。こういった運動の性格傾向は、第I期において、特に「アースデイ 2000 キャンペーン」開始より以前に多く見られるものである。

また、発言者*4の所属団体に関しては、「訴訟団」「守る会」、「止めよう!」等の単語が見られ(表10)、対当局的な活動を行っていた団体が多くを占めていることが分かる。これについては、第II期の関係団体と比較して見るとより明らかであり、時勢による団体の運営主旨の違いが影響しているとは言え、やはり第I期に関してはその運動性の強さが伺える。

第I期については、市民国会のようなイベントの他にも、1992年や1997年に見られる、第II期の流れを予見するような比較的規模が大きいイベントが開催された年もある(表4,表6)。ここでは、フェアトレード商品やエスニック食品の販売、アーティストらによるコンサート、一般参加によるフリーマーケットなどの企画が開催されており、イベント内容に関しては、第II期と大きな差は見受けられない。しかしここで第II期と大きく異なる点として、3章にて述べたとおり、アースデイはお祭りのためのお祭りではないという意識が、イベント内においてより強い度合いで一貫されていたということが挙げられる。これらのことから第I期アースデイについては、「政策直訴型」、「公開討論型」の傾向があったと言えるだろう。

次に、第II期における「EDT2009」について分析を行う。表8から、第II期においてはまず、C.Wニコル氏ら著名人による報道各社に向けての記者発表が行われている*5ことが特徴として挙げられる。また、アースデイについての宣伝活動を行っている媒体も非常に多岐に渡っていることから、第II期では、マスコミ各社や芸能関係者との関わりを広く持っていることが分かる。(表9,表11.b,図6.b)加えて、イベント内のライブ等において、著名アーティストらの関与が多く見られる*6ことも特徴的である。C氏によれば、特に2005年の忌野清志郎氏の出演以降、アーティストが自らの希望によりEDT事務局に対して出演を持ちかけるというパターンもしばしば見られるようになった。

第II期における関係団体を見てみると、自治労や生協といった団体が後援・協賛団体として名を連ねており(表9,表11.b,図6.b)、第I期からの関係性が継続していることが分かる。しかし、これらの団体が実際にアースデイ東京において、企画を運営する等の主体的な活動を行ってはおらず、あくまで、第I期に引き続きアースデイの開催に賛成し、資金面や物資面で援助するといった立場を取っており、ここに第I期との大きな差が伺える。

関係団体に関しては他にも、一般企業やマスコミ関係、NPO団体と言った様々なセクターがイベント運営に関わっており、関係団体数は年々増加の傾向にある(表11.b,図6.b)。特に2005年以降は、協賛企業によるブース出展も見られ(表5)、会場内に様々な立場の団体が同居するような形になっている。このように、様々なセクターからの主体を包括するイベント作りを行うことによって、一般の人々も気軽に参加しやすいイベントの雰囲気を生み出しており、第II期においては、アースデイ自体の定着・一般化に成功したと言えるであろう。

しかし第II期では、多様な主体を包括したイベントであるが故に、第I期のように、環境問題に対してより直接的な解決策を投じることが難しくなっていると言えるだろう。特に第II期開始からおおよそ2005年頃までは、ステージでのライブ形式の企画や芸術作品の展示等の企画が多く見られ(表7)、第I期と比較すると、音楽や芸術を通して環境意識を共有するといった「環境-音楽フェス型」のイベント傾向が見られた。ただし、3章において述べた基本的なイベント内容は、毎年変わらず開催されていたため、あくまで「アースデイ」というイベントの範囲内での微妙な傾向の違いではある。

また近年に近づくにつれ、イベント内でもより具体的な企画が実施されるようになったことも前述の通りである(表7)。具体例な事例としては、会場周辺のクリーンアップの実施、六ヶ所再処理施設や遺伝子組み換え食品についての知識共有・アクション実施、天ぷら油のリサイクルによる会場内電力の自家発電、イベント全体での環境負荷の算出、などが挙げられる。これらのことから、アースデイ東京においては近年、「環境―音楽フェス型」傾向から、「ライフスタイル提案型」への移行が伺えると言えるだろう。


注釈
*1 1998年の市民国会においては、地球温暖化をテーマに、須田氏を含む市民団体の代表者らと、国会議員・政府代表の約5名とにより、直接的な討論を行う時間が設けられた。
*2 94年の市民国会のプログラムでは、参加した国会議員らに対して「ホンモノ政府」と敢えて呼称されている。(斉藤・根岸編 1994)
*3 発言者の選考は、「市民国会」の実行委員によって行われた。事前の打ち合わせとしては発言者らに、電話やFAXで本会の主旨を伝達したのみで、発言内容に関しての詳細な確認等は行われなかった。
*4 C.W ニコル氏は、2001年以降EDT委員会の会長を務めている。アースデイ東京ではこういった報道各社向けの記者発表を、2002年以降毎年開催している。(2001年は不明。)
*5 特に有名なアーティストとしては、坂本龍一、忌野清志郎、加藤登紀子、いとうせいこう、UA、BONNIEPINK、LOVE PSYCHEDELICO、サンプラザ中野くん、ゴンチチ、川嶋あい、等が、これまでにメインステージのライブに出演している。

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