須田春海

どうも皆様こんにちは。須田と申します。
デニス・ヘイズさん、お久しぶりです。

私は1970年のアースデイにニューヨークに歩行者天国が実現したとき、東京都の仕事に関わっておりまして、それを学んで東京都に歩行者天国を実現するきっかけがうまれました。実際には、1990年の国際的なアースデイの呼びかけをカリフォルニアのデニスさんからいただいて、日本でアースデイを引き受ける団体が無いというのに、非常に……こうなんといえばいいんでしょうか、否定的な立場というか……僕は自治体の問題、ごみの問題とか水の問題とか福祉の問題とか、そういうものを中心にやっている人間ですから、地球の問題を考えるにはあまりにも大きすぎるので遠慮していたんですが、他に団体が無いというので、やむを得ず引き受けさせていただきました。

それで、実に沢山の贈り物をいただきました。沢山学ばせていただきました。一番大きな勉強はなんですかというと、ある大きな課題の前には対立を超えることを学びました。どちらかというとそれまで私は、抵抗型の運動の人間でありました。今、中国で反日のデモが起こっていますが、あの若者達は「憤青」憤った若者と書きますね。中国では「ふんせい」と呼ばれていますね。憤った若者。怒る若者たちで……。35年くらい前、おそらくデニス・ヘイズさんなんかも実を言うと憤った若者だった? 私たちも、かなりアメリカ大使館に対してデモやなんかをやってた。石は投げませんでしたが……そのアメリカの市民から、地球環境問題について考えようって言われたんですね。一緒にやるかやらないかというところが一つの壁を超えているわけです。これは、地球市民の考えで、考え方が一致しましたから喜んで引き受けました。その次に、日本のそれぞれの団体の壁をどう超えるかという……。1980年代にも日本では地球環境問題をやっているグループはありましたが、みんな小さなグループで、熱帯雨林の問題など、それぞれの事をやっていた。そこで例えば、一番大きな宗教団体、創価学会って多いですよね、それから一番大きな労働組合、連合とどういうふうに足場を組むか。さらには日本の経済団体の方々とどういう話をするかっていうことを、初めてアースデイをきっかけにやらさせていただきました。非常に不十分でしたけれども、少なくとも90年代に日本でアースデイが始まって……その対立を克服しながらアースデイというのがスタートしたということだと思います。

さらにそのあとで、学んだことは何かといいますと、これは私たちにとって今も一番大きなテーマでありますが、企業というのは市民がつくっている団体であることを学んだということです。企業というのは私たちの敵では無くて、私たちがつくっている団体である。そこで、初めて日本で本格的に紹介されたのが、社会責任投資とか社会責任という概念です。今はもう15年たって、日本中の人たちが社会責任とか社会責任投資とかという言葉を、ごく常識的に分かるようになりましたけれども、実を言うと社会責任投資という言葉が日本で本格的に議論されたのは、90年のアースデイなんです。これも非常に大きな勉強をさせていただのでありますが、その当時は、企業に対してヴォルディーズの原則*1、今はセリーズの原則と言われておりますけれども、それをデニス・ヘイズさんに来ていただいて、日本の企業にどんどん説いていただいた。というのが1990年の経験であります。

*1) 企業活動の環境責任について ─ヴォルディーズの原則─

10年間、私達はある意味ではお約束しましたので、ボランティアで、徹底してボランティアでこのアースデイ連絡所の仕事を行いました。その時に一番注意したことは、一点集中型の運動、日本人の場合なりがちな、一点集中型の運動にはしないということです。ですから、アースデイというのは指導部とか本部といわれているようなものを作りませんでした。ですから私が代々木公園に行こうがどこへ行こうが、須田さんがアースデイを最初にやった人だなんてことを分っている人はいないという非常に好ましい状況が生まれたわけです。全国へ行けばもっと分からない、誰が言って、一生懸命やったのも分からないという状態ができたのです。

この日本の運動の持つ、どちらかというと感情的になりがちな、しかも一点集中型な運動のスタイルを変えるという1つの大きな実験でありました。それからアースデイが一般的になった後、私は今日ここにデニスさんがいらっしゃるというので、お邪魔をしましたが、5年間アースデイに一切参加をしておりません。久しぶりに今日、こういうアースデイの関連のところに参加させていただきました。皆さんとお会いするのも初めてです。そういう意味では皆さんがどういう人かというのももちろん分からないですし、それはお互いが分からないというのもまた非常にいい関係だと私は思っております。ちょうど10年間やって、私達の努力がどうなったかという1つの報告書をまとめました。「地球環境よくなった?*2」という報告書です。アースデイというのは、私達が1990年に夢の島でやった時に、日本では初めて地球環境問題をイベントで表した1つの集まりでした。その時は、アルミ缶を持ってくればフリーにするからということでコンサートをやりました。雨の降る中で、かまやつひろしさんとかそういう人たちが、歌を歌ってくれたイベントなんです。その後は、今政府も自治体も企業も、あるいは市民団体もあらゆるところでイベントをやっています。

*2) 地球環境よくなった?―21世紀へ市民が検証

90年代の半ばに私達が考えたのは、市民はイベントをやるようになった、企業は宣伝をするようになった、政府は会議をするようになった。だけど環境が良くなったのだろうかと、そのことを考えようということでありました。たまたま90年代半ばに日本は、非常に大きな試練を市民団体は受けました。それは、温暖化に関する国際会議が京都で開かれたということであります。その結果(私はそこでできたNGOの責任者の一人をさせていただきましたが)日本の市民がしっかりしないと、国際的に一番重要な温暖化の防止に関わる仕組みがうまくいかないかも分からないという懸念がありました。それを乗り越える為に、ある意味では日本の市民団体は非常に大きく成長したと思います。今、NGOという言葉も含めて、あるいはNPOという言葉も含めて市民活動を知らないような人はほとんどいないような状態になっていますが、そういう事も実を言うと10年間の1つの成果です。最大の成果は何かというと、90年代には地球環境問題に関心を持っている人は15パーセントぐらいでした。ちょうど私達がアースデイを、ちょうどこの本(地球環境よくなった?)を出した時に世論調査がありましたが、80数パーセントの人が地球環境に関心を持つようになっていました。ということは、地球環境問題は大変だということがみんなの共通の認識になっているわけで、これも非常に大きな成果です。

何が問題なのでしょうか? 関心は高くなったけれども、社会の仕組みがそれに追いついていないということです。例えば、環境税の問題でもいいですし、あるいは、環境の法制度の問題でもいいですし、何でもいいですが、そういうものが追いついてない。 1970年のアースデイ、デニス・ヘイズさんが中心になってオルグなさった全米の運動というのは、制度をつくる運動だった。大気汚染の問題なり水質汚濁の問題なり、そういうものに対して車をどうするのか……そういう制度をつくるんです。残念ながら日本のアースデイは、まだそこのところの問題について、しっかりと取り組めてない。それはアースデイだけじゃありません。日本の社会自体が、社会の仕組みを市民に使いやすいように変えることにまだ成功してない。

もう一度戻りますと、アースデイの原点というのは、市民が皆で力を合わせて、その自分たちがつくっている社会の仕組みを、環境に合わせて変えることです。その為に、イベントを行ったり、いろんな事をやって、キャンペーンをやっていこうと。目的は環境に合わせて、日本の、あるいは、社会の、世界の仕組みを、制度を、変えることにあるわけです。もちろん、最大の目的はひとつ。人間や生命体や生物が、自分たちにとって住みやすい環境をつくることです。制度ではありません。一番住みやすい環境をつくることでありますが、それを阻害してる制度を直して、いい制度に変えることです。

今、アースデイを5年間やめていて、お前は何をやっていたんだっていう話になりますが、環境の問題では、世界一、日本で進んできたのは何かというと、自分の家の上に太陽光発電をつける。これは、自分のお金も150万円くらい使うことになります。ご存知ですよね? 普通の家の屋根の上に太陽光をつける。そういう人たち が、今、日本では20万世帯を超えました。その人たち、そういう太陽光発電をつけてる人たちのネットワーク、発電所長って言うんですが、発電所長のネットワークの会*3の代表をしております。なぜそんなことを言うかというと、アースデイが有名ですが、デニス・ヘイズさんは、1970年のあとの10年後にサン・デイ「太陽の日」というのをおやりになっているんですね。太陽エネルギーについて非常に先進的に取り組まれている。日本でもそういうことについて、市民レベルで進んでるよ、ということを言っておきたかった。あともう一点は、今日ここに広瀬さん*4も参加していただいてますが、市民の立場で日本の法律の根本であるところの憲法をもう一度見直して、つくり直してみようという、市民立法機構*5というものをつくり、市民社会の方から制度を変えてく、そのことにチャレンジしながらを、その中に環境の問題も一緒に考えていく。というものでございます。

*3) 太陽光発電所ネットワーク
*4) 東アジア環境情報発伝所
*5) 市民立法機構

特に、アーティストの皆さんと私は接点がございませんが、これから、たぶん、いろんな価値観が多様化する中で、こういう楽しい、ある意味ではイベントに参加出来れば、私も幸せだと思っております。1990年に、アースデイを日本にスタートさせる時に集まったメンバーも、このぐらいのメンバーです。是非、また、これからもよろしくお願いいたします。

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